マイノリティソナタ
<注意点>
・響け!ユーフォニアムの二次創作です。なんか考えていたら楽しくなっちゃって。
・久美子と秀一が付き合って以降の話(二年の5月末ごろ)。でもそんなにイチャイチャしません。
・原作未読なので、設定が違うかもしれません。
・オリジナルキャラを出しています。苦手な方はお気をつけて。
・吹奏楽はずぶの素人なので、変なこと書いているかもしれませんが、大目に見てください。
・響け!ユーフォニアムの二次創作です。なんか考えていたら楽しくなっちゃって。
・久美子と秀一が付き合って以降の話(二年の5月末ごろ)。でもそんなにイチャイチャしません。
・原作未読なので、設定が違うかもしれません。
・オリジナルキャラを出しています。苦手な方はお気をつけて。
・吹奏楽はずぶの素人なので、変なこと書いているかもしれませんが、大目に見てください。
「塚本先輩」
「あ?」
合奏練習が終わると、後ろから話しかけられた。
顔を向けると、今年から入った一年生の男子部員だった。だがしかし、名前が思い出せない。話したことないし、パートも違って接点がないので仕方のない話だ。
「あー、えっと……」
「中野です」
察したのか自分から名乗ってくれた。なかなかできる後輩だ。
「ああ、中野くんね。何?」
「ちょっと相談があるんですけど、これからって時間ありますか?」
ほとんど話したことないのに相談って……。これはいいことなのか?
「まあ、大丈夫だけど」
「それじゃあ、昇降口でお待ちしてます!」
「おお」
何だ何だ。こんなこと初めてだぞ。そもそもトロンボーンパートは俺以外に誰も男子がいないので話しかけることも、話しかけられることも練習や事務的なもの以外ではほぼ無い。
普通に話すとなるとパート違いの同級生と話すくらいで、女子だとかなりの割合が彼女の久美子になる。
久美子はどうするのだろう。どのみち一緒には帰れないが。
「久美子」
楽譜をしまっていたところに話しかける。
「んー? 何?」
「今日って、練習していくのか?」
「うーん、そうだなあ。そうしていこうかな。秀一は?」
「今日は後輩と帰る」
後輩? と首を傾げてから、目が鋭くなった。
「誰?」
「いや、男だから。中野ってやつ。えーと、クラリネットの」
「ふーん」
久美子もピンと来ないらしく、目線を上にして思い出そうとしていたようだが、再び楽譜のファイルに目を落として「そっ」と返された。
思い出すのは諦めたらしい。
「じゃあ、まあ気をつけて帰れよ」
「うん。それじゃ」
特に余韻もなく、普通に練習に向かってしまった。
男が思い描くような甘い展開など、そう巡ってはこない。
分かってはいる。分かってはいるけど。
「はあ……」
何だか、やたらがっかりした気分になってしまった。
昇降口へ下りると、中野が入り口付近で待っていた。何やらソワソワしている。友達を待つ感じでもなく、先輩と帰る緊張感みたいなものもあまり感じない。
どちらかというと、これからデートですぐらいのオーラを感じる。
そんな楽しいのか?
「待たせた」
「あ、塚本先輩。いえ、大丈夫です」
中野は男子としては小柄なほうで、風貌も女子から言わせると「可愛い系」にあたる外見をしている。
隣を歩いていると子犬を連れてるような感じがしてくるから不思議だ。
「で? 相談って?」
それまであえて他愛のない話をしていたのだが、川沿いまで来て、人も減ったので相談とやらを聞くことにした。
「あ、はい。その……、先輩のパートって先輩しか男子部員がいないじゃないですか」
「ああ」
「その中でどうやって過ごしてるのかなと思いまして」
予想外の質問だった。
「どうって……、普通に練習してるだけだな」
「練習の合間に話をしたりしないんですか?」
「ほぼ無いな。たまに、事務的な話がくるぐらいで」
そうなんですかあ、と中野は微妙に残念そうな顔をした。
「何を期待してたんだよ」
「先輩って、黄前先輩と付き合ってるんですよね?」
「お、おお」
特に言ってないのにバレてる。いや別に隠してはないけど。
「なので女子と話すのに慣れてらっしゃるのかなあなんて思いまして」
久美子は『特別』だ。幼馴染だし。性別を強く意識してるわけではない感覚がある。
「そんなことねえよ。高坂とか超苦手だし」
ちょっと盛ってしまった。バレたら怖い。本当は『超』はつかないぐらいだ。
「あ、トランペットの。確かにちょっと怖いですね。キリッとしてて」
前の経緯もあって、加藤とは話しにくいし、川島は話しやすそうではあるが、テンションについていけなさそうだ。
「僕のまわりも女子だらけで、練習の合間とかどうしていたらいいのかよく分からなくて。女子が集まってるときのエネルギーってすごくないですか?」
「あー、それはあるなあ……」
久美子たち四人も集まっていると、すごいエネルギーを感じる。少なくともこちらから話しかけるのはほぼ不可能だ。会話のテンポだって違う。
それに基本的に女社会なので、男子部員に気を遣ったりということは無いといっても過言ではない。
「まあ、男子はどうしたって数が少なくて分が悪いし、無理に入らなくてもいいんじゃないか? 俺は中学からやってるから慣れっこだけど、変に何かしようとすると、余計おかしなことになるから」
「はい。そうします。ありがとうございます!」
とりあえず解決したようだ。ここで疑問に思っていたことを聞いてみる。
「ところで何で俺だったんだ? 他にも男子部員いるだろ」
「さっきの理由が一つと、あとは単純に塚本先輩は話しやすそうだったからです」
これは喜ぶところなのだろうか。それともなめらているのだろうか。
中野は橋を渡って帰るらしく、そこで別れた。
こういう先輩後輩関係は今まであまりなかったので新鮮だ。正直ちょっと嬉しい。
上手くいけばいいな、と思いながら中野に背を向けて、歩き始めた。
その何日か後、中野が練習を休んでいるという話が風の噂で流れて来た。
この日は一緒に帰っていた久美子が、
「中野くん、って、この前秀一が一緒に帰った子?」
と尋ねてきた。
「ああ。どうしたんだろ、あいつ」
「秀一が変なこと言ったんじゃないの??」
「何も言ってないわ」
久美子には冗談っぽく返したが、実は結構心配だった。
パートも全然違うのに、わざわざ話しかけてくれた後輩だ。情も移る。
顔が曇ったのを察したのか、久美子が珍しく手を握ってきた。
「大丈夫だよ、たぶん。秀一の後輩でしょ」
「……そう、だな」
その手をキュッと握り返した。
翌日。何かしなくてはいけないのではないか、と考えた俺は中野のクラスを聞いて昼休みにその教室へ向かった。
「中野っている?」
「え、あ、はい。中野くん、二年生が」
同級生に呼ばれて、こちらに気がついた中野は一瞬戸惑った顔をしてから「今行きます」と大きめの声で言ってきた。
「すみません、先輩」
「何が?」
「練習休んでしまって……」
購買行くけどどう? と誘って、そこまでの廊下を歩いていると、中野のほうから核心に触れた。
「いや、別に謝られることじゃないけど。まあ、心配はしたな」
「すみません……」
元から小さめの中野が今日は一段と小さく見える。
「なんかあったのか?」
「僕がダメなんです。言いたいことが言えないから」
話が見えない。とりあえず購買についてしまったので紙パックのジュースを一つおごることにする。
「ま、どうするかは中野次第だとは思うけど、俺は中野に相談してもらえて嬉しかったよ。こういう先輩、後輩関係みたいなのあんまり無いから」
ほれ、とミルクティーの紙パックを投げた。「わっ」と言いながら、中野が慌てて受け止める。
「だから、出来れば辞めたりしないでくれたほうがありがたい。俺もなんか気分悪いし。それにほとんど面識なかった俺に話しかけられるんだから、ダメじゃないだろ」
「……はい。ありがとう、ございます」
その日の練習に中野は姿を現した。パートリーダーの島先輩は「良かったあ」と安堵していた。男子は少ないので、生活上配慮されないが、部員としては大事にされる傾向がある。
島先輩の反応を見る限り、幹部と揉めたりしているわけでは無いようだ。
中野から目線を外すと久美子と目があった。俺も久美子も目があったからといって特に何もしなかったが、久美子も気にしてはくれていたようだ。
一通りの合奏練習が終わると、パート別の練習になる。
吉川先輩が「パーリーは集まって」と声をかけていた。
ひとまず大丈夫そうかなあ、と思い、自分の練習へ向かった。
「あ、それでさあ、あそこのクレープ屋さんが超美味しいの!」
「ホント!? 行きたい行きたい」
「じゃあ、今日行っちゃう?」
あまり意識してなかったが、確かに女子同士のトークに囲まれていると、居場所がない感じを受ける。
中野もこんな感じだったのだろうか。あんなアドバイスでよかったんだろうか。なんの解決にもならなかったんじゃないか。
パートによるが、パートリーダーがいないと雰囲気が緩くなるパートもある。特に大人数のパートはBの人数も多くなりがちでパートとしてのまとまりに欠けることがある。クラリネットは特に人数が多いパートだ。
しかも女子同士はこじれると怖い。
「中野、大丈夫かな」
練習が休憩中だったこともあって、気になって見に行くことにした。
「いや、ですから、わたしたちの練習ももう少しやらせて欲しいんです」
「でもさ、佐伯さんは経験者でもう上手なんだし、昨年から始めたわたしたちの方の練習を長くするのって合理的じゃない?」
何とも不穏な会話が聞こえていた。
あれはたぶん、練習の配分の話だ。島先輩も会議中でいないし、AとBが別の教室で練習していたので、Bに入っている昨年から始めた二年が少し練習を長くしているのだ。結果後輩のパート部分の練習時間が短くなっているのだろう。
「中野くんもそう思わない? 同じ初心者だし」
「え、えっと」
ああ、これだったのか中野。お前の悩みは。
「…………」
「ほら、中野くんもそうだって」
俺たちは所詮少数派なんだから、無理に入らなくてもいいとか、変に何かするなとか、あんなのはお前が望んでたアドバイスじゃなかったんだな。
悪かったよ。頼りない先輩ですまん。
「中野、お前はどう思ってるんだ」
いきなり別のパートの人間が教室に入って、言葉を発したものだから、教室内の動きが凍りついたように止まった。
「つ、塚本? なんでトロンボーンのあんたがここに。関係ないでしょ」
中野はこちらを見て呆けていたようだったが、少しすると目つきが変わった。
「ちょっと、聞いてーー」
彼女が俺につっかかろうとした刹那。教室にクラリネットの伸びやかな音色が響いた。
けして上手いわけじゃない。だけど、一生懸命吹いている。そして、音楽が好きなんだという想いがまだ練習を始めたばかりの短いフレーズからあふれていた。
「ぼ、僕は、もっと練習をして、もっと上手に吹けるようになりたいです。そして、先輩たちが昨年していたようなすごい迫力の、でも綺麗な演奏を出来るようになりたい。そのためにも佐伯さんのパートも合わせて、皆でAの皆さんに負けないぐらいの演奏を出来るように練習がしたいです!」
最後は叫ぶぐらいの勢いで中野は思いの丈を喋った。
突然の演奏と独白で止まっていた時間がゆっくり動き出す。
「あ、えっと、すみません……」
恥ずかしくなったのか急に中野の体が縮こまる。
「よくいーー」
「よく言ったね中野くん!」
俺が感激して言葉をかけようとしたら、後ろから突然島先輩が現れて、中野に賛辞を送った。
「もう! わたしがいないからって勝手に練習配分変えない!」
「……すみません」
そのまま二年の前に立つと、島先輩は腰に手を当てて彼女たちを一喝した。
「わたしの後はあなたたちに引っ張ってもらわないといけないんだから、しっかりしてよね!」
「わたしたちが?」
「当たり前でしょ。わたしの代はわたしだけだから迷惑かけてきたと思うけど、あなたたちが頑張ってきたのもちゃんと知ってる。でも皆の息が合わないと、いい演奏にはならないよ?」
これには彼女たちもぐうの音も出ないようで、うなだれていた。フォローするように彼女たちの頭を島先輩が撫でている。
「佐伯さんもごめんね。わたしが頼りないパートリーダーだから」
「いえ! そんなことは!」
ちゃんと解決したみたいだし、よそ者はお役御免だなと思い、教室を出ると島先輩が追いかけてきた。
「塚本くん! ありがとう。わたしもダメだね、全部見れてなくて」
「いえ、先輩はちゃんと出来てると思いますよ。その……かわいい後輩もいるのでよろしくお願いします」
「ふふ。任せて」
歩いてトロンボーンパートの教室に戻ろうとしたら、今度は中野が駆けてきた。
「先輩! ありがとうございました。塚本先輩に相談して、本当に良かったです。恥ずかしくて言えませんでしたけど、昨年のコンクールを見て、憧れてたんです。だから……本当に良かったです」
「おお。来年は一緒にコンクール出られたらいいな。俺も頑張るよ」
「はい!」
「うわあ、疲れたー」
電車で腰を浅くかけて、だらしない座り方をした。
「ちょっとやめてよ、恥ずかしいから」
久美子に言われてすぐに直す。
「そういえばさあ、今日一瞬パート練習の時にクラリネット吹いてた子がいたよね」
「……ああ」
「あれ、練習の音じゃなかった。上手ではないけど、情感がすごかった。わたしもあんな演奏ができるようになりたい」
「俺もなりたいよ」
あれが中野の音だというのを知ってるのか、知らないのか。俺には分からなかったが久美子はしきりにあれはすごかったと言っていた。
「もっと練習しないとな」
「そうだね。今年は全国で金、とるんだから」
気づけば電車から見える車窓は夕日から紫色の世界に変わっていた。 そろそろ季節は梅雨になる。
「あ?」
合奏練習が終わると、後ろから話しかけられた。
顔を向けると、今年から入った一年生の男子部員だった。だがしかし、名前が思い出せない。話したことないし、パートも違って接点がないので仕方のない話だ。
「あー、えっと……」
「中野です」
察したのか自分から名乗ってくれた。なかなかできる後輩だ。
「ああ、中野くんね。何?」
「ちょっと相談があるんですけど、これからって時間ありますか?」
ほとんど話したことないのに相談って……。これはいいことなのか?
「まあ、大丈夫だけど」
「それじゃあ、昇降口でお待ちしてます!」
「おお」
何だ何だ。こんなこと初めてだぞ。そもそもトロンボーンパートは俺以外に誰も男子がいないので話しかけることも、話しかけられることも練習や事務的なもの以外ではほぼ無い。
普通に話すとなるとパート違いの同級生と話すくらいで、女子だとかなりの割合が彼女の久美子になる。
久美子はどうするのだろう。どのみち一緒には帰れないが。
「久美子」
楽譜をしまっていたところに話しかける。
「んー? 何?」
「今日って、練習していくのか?」
「うーん、そうだなあ。そうしていこうかな。秀一は?」
「今日は後輩と帰る」
後輩? と首を傾げてから、目が鋭くなった。
「誰?」
「いや、男だから。中野ってやつ。えーと、クラリネットの」
「ふーん」
久美子もピンと来ないらしく、目線を上にして思い出そうとしていたようだが、再び楽譜のファイルに目を落として「そっ」と返された。
思い出すのは諦めたらしい。
「じゃあ、まあ気をつけて帰れよ」
「うん。それじゃ」
特に余韻もなく、普通に練習に向かってしまった。
男が思い描くような甘い展開など、そう巡ってはこない。
分かってはいる。分かってはいるけど。
「はあ……」
何だか、やたらがっかりした気分になってしまった。
昇降口へ下りると、中野が入り口付近で待っていた。何やらソワソワしている。友達を待つ感じでもなく、先輩と帰る緊張感みたいなものもあまり感じない。
どちらかというと、これからデートですぐらいのオーラを感じる。
そんな楽しいのか?
「待たせた」
「あ、塚本先輩。いえ、大丈夫です」
中野は男子としては小柄なほうで、風貌も女子から言わせると「可愛い系」にあたる外見をしている。
隣を歩いていると子犬を連れてるような感じがしてくるから不思議だ。
「で? 相談って?」
それまであえて他愛のない話をしていたのだが、川沿いまで来て、人も減ったので相談とやらを聞くことにした。
「あ、はい。その……、先輩のパートって先輩しか男子部員がいないじゃないですか」
「ああ」
「その中でどうやって過ごしてるのかなと思いまして」
予想外の質問だった。
「どうって……、普通に練習してるだけだな」
「練習の合間に話をしたりしないんですか?」
「ほぼ無いな。たまに、事務的な話がくるぐらいで」
そうなんですかあ、と中野は微妙に残念そうな顔をした。
「何を期待してたんだよ」
「先輩って、黄前先輩と付き合ってるんですよね?」
「お、おお」
特に言ってないのにバレてる。いや別に隠してはないけど。
「なので女子と話すのに慣れてらっしゃるのかなあなんて思いまして」
久美子は『特別』だ。幼馴染だし。性別を強く意識してるわけではない感覚がある。
「そんなことねえよ。高坂とか超苦手だし」
ちょっと盛ってしまった。バレたら怖い。本当は『超』はつかないぐらいだ。
「あ、トランペットの。確かにちょっと怖いですね。キリッとしてて」
前の経緯もあって、加藤とは話しにくいし、川島は話しやすそうではあるが、テンションについていけなさそうだ。
「僕のまわりも女子だらけで、練習の合間とかどうしていたらいいのかよく分からなくて。女子が集まってるときのエネルギーってすごくないですか?」
「あー、それはあるなあ……」
久美子たち四人も集まっていると、すごいエネルギーを感じる。少なくともこちらから話しかけるのはほぼ不可能だ。会話のテンポだって違う。
それに基本的に女社会なので、男子部員に気を遣ったりということは無いといっても過言ではない。
「まあ、男子はどうしたって数が少なくて分が悪いし、無理に入らなくてもいいんじゃないか? 俺は中学からやってるから慣れっこだけど、変に何かしようとすると、余計おかしなことになるから」
「はい。そうします。ありがとうございます!」
とりあえず解決したようだ。ここで疑問に思っていたことを聞いてみる。
「ところで何で俺だったんだ? 他にも男子部員いるだろ」
「さっきの理由が一つと、あとは単純に塚本先輩は話しやすそうだったからです」
これは喜ぶところなのだろうか。それともなめらているのだろうか。
中野は橋を渡って帰るらしく、そこで別れた。
こういう先輩後輩関係は今まであまりなかったので新鮮だ。正直ちょっと嬉しい。
上手くいけばいいな、と思いながら中野に背を向けて、歩き始めた。
その何日か後、中野が練習を休んでいるという話が風の噂で流れて来た。
この日は一緒に帰っていた久美子が、
「中野くん、って、この前秀一が一緒に帰った子?」
と尋ねてきた。
「ああ。どうしたんだろ、あいつ」
「秀一が変なこと言ったんじゃないの??」
「何も言ってないわ」
久美子には冗談っぽく返したが、実は結構心配だった。
パートも全然違うのに、わざわざ話しかけてくれた後輩だ。情も移る。
顔が曇ったのを察したのか、久美子が珍しく手を握ってきた。
「大丈夫だよ、たぶん。秀一の後輩でしょ」
「……そう、だな」
その手をキュッと握り返した。
翌日。何かしなくてはいけないのではないか、と考えた俺は中野のクラスを聞いて昼休みにその教室へ向かった。
「中野っている?」
「え、あ、はい。中野くん、二年生が」
同級生に呼ばれて、こちらに気がついた中野は一瞬戸惑った顔をしてから「今行きます」と大きめの声で言ってきた。
「すみません、先輩」
「何が?」
「練習休んでしまって……」
購買行くけどどう? と誘って、そこまでの廊下を歩いていると、中野のほうから核心に触れた。
「いや、別に謝られることじゃないけど。まあ、心配はしたな」
「すみません……」
元から小さめの中野が今日は一段と小さく見える。
「なんかあったのか?」
「僕がダメなんです。言いたいことが言えないから」
話が見えない。とりあえず購買についてしまったので紙パックのジュースを一つおごることにする。
「ま、どうするかは中野次第だとは思うけど、俺は中野に相談してもらえて嬉しかったよ。こういう先輩、後輩関係みたいなのあんまり無いから」
ほれ、とミルクティーの紙パックを投げた。「わっ」と言いながら、中野が慌てて受け止める。
「だから、出来れば辞めたりしないでくれたほうがありがたい。俺もなんか気分悪いし。それにほとんど面識なかった俺に話しかけられるんだから、ダメじゃないだろ」
「……はい。ありがとう、ございます」
その日の練習に中野は姿を現した。パートリーダーの島先輩は「良かったあ」と安堵していた。男子は少ないので、生活上配慮されないが、部員としては大事にされる傾向がある。
島先輩の反応を見る限り、幹部と揉めたりしているわけでは無いようだ。
中野から目線を外すと久美子と目があった。俺も久美子も目があったからといって特に何もしなかったが、久美子も気にしてはくれていたようだ。
一通りの合奏練習が終わると、パート別の練習になる。
吉川先輩が「パーリーは集まって」と声をかけていた。
ひとまず大丈夫そうかなあ、と思い、自分の練習へ向かった。
「あ、それでさあ、あそこのクレープ屋さんが超美味しいの!」
「ホント!? 行きたい行きたい」
「じゃあ、今日行っちゃう?」
あまり意識してなかったが、確かに女子同士のトークに囲まれていると、居場所がない感じを受ける。
中野もこんな感じだったのだろうか。あんなアドバイスでよかったんだろうか。なんの解決にもならなかったんじゃないか。
パートによるが、パートリーダーがいないと雰囲気が緩くなるパートもある。特に大人数のパートはBの人数も多くなりがちでパートとしてのまとまりに欠けることがある。クラリネットは特に人数が多いパートだ。
しかも女子同士はこじれると怖い。
「中野、大丈夫かな」
練習が休憩中だったこともあって、気になって見に行くことにした。
「いや、ですから、わたしたちの練習ももう少しやらせて欲しいんです」
「でもさ、佐伯さんは経験者でもう上手なんだし、昨年から始めたわたしたちの方の練習を長くするのって合理的じゃない?」
何とも不穏な会話が聞こえていた。
あれはたぶん、練習の配分の話だ。島先輩も会議中でいないし、AとBが別の教室で練習していたので、Bに入っている昨年から始めた二年が少し練習を長くしているのだ。結果後輩のパート部分の練習時間が短くなっているのだろう。
「中野くんもそう思わない? 同じ初心者だし」
「え、えっと」
ああ、これだったのか中野。お前の悩みは。
「…………」
「ほら、中野くんもそうだって」
俺たちは所詮少数派なんだから、無理に入らなくてもいいとか、変に何かするなとか、あんなのはお前が望んでたアドバイスじゃなかったんだな。
悪かったよ。頼りない先輩ですまん。
「中野、お前はどう思ってるんだ」
いきなり別のパートの人間が教室に入って、言葉を発したものだから、教室内の動きが凍りついたように止まった。
「つ、塚本? なんでトロンボーンのあんたがここに。関係ないでしょ」
中野はこちらを見て呆けていたようだったが、少しすると目つきが変わった。
「ちょっと、聞いてーー」
彼女が俺につっかかろうとした刹那。教室にクラリネットの伸びやかな音色が響いた。
けして上手いわけじゃない。だけど、一生懸命吹いている。そして、音楽が好きなんだという想いがまだ練習を始めたばかりの短いフレーズからあふれていた。
「ぼ、僕は、もっと練習をして、もっと上手に吹けるようになりたいです。そして、先輩たちが昨年していたようなすごい迫力の、でも綺麗な演奏を出来るようになりたい。そのためにも佐伯さんのパートも合わせて、皆でAの皆さんに負けないぐらいの演奏を出来るように練習がしたいです!」
最後は叫ぶぐらいの勢いで中野は思いの丈を喋った。
突然の演奏と独白で止まっていた時間がゆっくり動き出す。
「あ、えっと、すみません……」
恥ずかしくなったのか急に中野の体が縮こまる。
「よくいーー」
「よく言ったね中野くん!」
俺が感激して言葉をかけようとしたら、後ろから突然島先輩が現れて、中野に賛辞を送った。
「もう! わたしがいないからって勝手に練習配分変えない!」
「……すみません」
そのまま二年の前に立つと、島先輩は腰に手を当てて彼女たちを一喝した。
「わたしの後はあなたたちに引っ張ってもらわないといけないんだから、しっかりしてよね!」
「わたしたちが?」
「当たり前でしょ。わたしの代はわたしだけだから迷惑かけてきたと思うけど、あなたたちが頑張ってきたのもちゃんと知ってる。でも皆の息が合わないと、いい演奏にはならないよ?」
これには彼女たちもぐうの音も出ないようで、うなだれていた。フォローするように彼女たちの頭を島先輩が撫でている。
「佐伯さんもごめんね。わたしが頼りないパートリーダーだから」
「いえ! そんなことは!」
ちゃんと解決したみたいだし、よそ者はお役御免だなと思い、教室を出ると島先輩が追いかけてきた。
「塚本くん! ありがとう。わたしもダメだね、全部見れてなくて」
「いえ、先輩はちゃんと出来てると思いますよ。その……かわいい後輩もいるのでよろしくお願いします」
「ふふ。任せて」
歩いてトロンボーンパートの教室に戻ろうとしたら、今度は中野が駆けてきた。
「先輩! ありがとうございました。塚本先輩に相談して、本当に良かったです。恥ずかしくて言えませんでしたけど、昨年のコンクールを見て、憧れてたんです。だから……本当に良かったです」
「おお。来年は一緒にコンクール出られたらいいな。俺も頑張るよ」
「はい!」
「うわあ、疲れたー」
電車で腰を浅くかけて、だらしない座り方をした。
「ちょっとやめてよ、恥ずかしいから」
久美子に言われてすぐに直す。
「そういえばさあ、今日一瞬パート練習の時にクラリネット吹いてた子がいたよね」
「……ああ」
「あれ、練習の音じゃなかった。上手ではないけど、情感がすごかった。わたしもあんな演奏ができるようになりたい」
「俺もなりたいよ」
あれが中野の音だというのを知ってるのか、知らないのか。俺には分からなかったが久美子はしきりにあれはすごかったと言っていた。
「もっと練習しないとな」
「そうだね。今年は全国で金、とるんだから」
気づけば電車から見える車窓は夕日から紫色の世界に変わっていた。 そろそろ季節は梅雨になる。
あとがき的なもの
ユーフォの見どころというか、胃が痛くなるポイントとして、「人間関係」があります。久美子を主人公としながらも群像劇的でもあるわけですね。
特に吹奏楽部は女子の比率が多いので、何かと摩擦が生じやすいのだと思います。男の場合は結構分かりやすいですが、女子同士だと表だって問題が顕在化するのはよっぽどになってからじゃないでしょうか。
なのでそういう話を書くととてもユーフォっぽくなると思います。でも、私は男なので女子同士の綱渡りのような繊細な機微をつかむことができません。仮に二次創作であったとしてもです。一方で、男目線ならばある程度分かる気がします。
やっぱり、女子に囲まれてると男は縮こまると思うんですよねえ。落ち着かないというか。一見すると、女子に囲まれてよさそうとか思ったりしますが、女子が集まった時のパワーは男子が集まったときとはわけが違います。
ユーフォではあまり男子中心の話が出てこないので、逆にこういう男子が悩んでる話は書いたら面白いかなあと思って、書いたという次第です。
オーケストラだとクラリネットって大所帯なんですね。調べて初めて知りました。アニメだとクラリネットの1年(この小説の時間軸だと2年の子たち)は性格よさそうだったので、ちょっと悪者になってもらうのに心が痛みました。ごめんよ……。
秀一もいろいろ悩んだ時期があったんですかねえ。
ユーフォの見どころというか、胃が痛くなるポイントとして、「人間関係」があります。久美子を主人公としながらも群像劇的でもあるわけですね。
特に吹奏楽部は女子の比率が多いので、何かと摩擦が生じやすいのだと思います。男の場合は結構分かりやすいですが、女子同士だと表だって問題が顕在化するのはよっぽどになってからじゃないでしょうか。
なのでそういう話を書くととてもユーフォっぽくなると思います。でも、私は男なので女子同士の綱渡りのような繊細な機微をつかむことができません。仮に二次創作であったとしてもです。一方で、男目線ならばある程度分かる気がします。
やっぱり、女子に囲まれてると男は縮こまると思うんですよねえ。落ち着かないというか。一見すると、女子に囲まれてよさそうとか思ったりしますが、女子が集まった時のパワーは男子が集まったときとはわけが違います。
ユーフォではあまり男子中心の話が出てこないので、逆にこういう男子が悩んでる話は書いたら面白いかなあと思って、書いたという次第です。
オーケストラだとクラリネットって大所帯なんですね。調べて初めて知りました。アニメだとクラリネットの1年(この小説の時間軸だと2年の子たち)は性格よさそうだったので、ちょっと悪者になってもらうのに心が痛みました。ごめんよ……。
秀一もいろいろ悩んだ時期があったんですかねえ。