新海誠監督の成功理由をスモールビジネスの方程式から探る
新海監督と言えば、「秒速5センチメートル」、「言の葉の庭」などの代表作を監督なさっている方です。私自身はファンで、新海さんの作品はすべて見ていたりします。
今回はそんな新海さんがなぜ成功できたのか? を私が考えるスモールビジネスの方程式(LGP理論)で考えてみたいと思います。(方程式についての詳細は「スモールビジネス成功の方程式」(「好きなことで生きていくために必要なたった3つのこと」をご覧ください)
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<Like・好き>
直接新海さんにお話を聞くなんてことは当然無理なので、私が見てきた範囲でのインタビュー記事などから新海さんが何を好きで、何を望んできたのかを見てみましょう。
社会人以前のお話としては、お母さんが油絵を描く方だったそうで、その影響からか新海さんも自分は絵を描くのが好きだという認識を持っていたそうです。そのため絵を描いたり、物語をつくったりという自分の中にあるものを表現する方法を探るような学生時代を送っていたそうです(ちなみに私と新海さんは出身大学が同じなので勝手にテンションが上がっていました)。
とはいえ、直接それを仕事にしようとはっきり思っていたわけではなく、ゲーム会社に就職します。その後、ゲームのOP映像を担当することが増えて、映像制作の面白さを感じ始めます。そういう中でこれだけではいまいち物足りないと思いだし、そこから自主制作を始めます。
当時の気持ちからすると、「朝早くに起き、満員電車に揺られて出社し、仕事をこなし、夜遅くに帰って来て途中で買ったコンビニ弁当を夕食に食べて寝る」というある意味典型的な都市生活者の生活を肯定してほしいというものがあったそうです。しかし、それを満たしてくれるものがなかったので、自分でそれをつくろうと思い立ったのが制作のきっかけとなったというお話でした。
ファン目線が入ってしまって申し訳ないのですが、新海さんの作品は確かに「ミクロな人々の生活を描く」というものが根底に一貫してあると感じています。「毎日大変で、色々なことがある。でも、そんな一生懸命な生活は実は美しいものなんだよ」と伝えてくる、そんな映画や映像たちであると私は思います。
要するにここで言いたいのは、新海さんは「日々の生活の美しさを描く」ことが好きである、もしくはそれが欲求として存在しているのでしょうということです。
もう一つ新海さんに特徴的なのはその技術力ですね。それは技術を磨くこと、その技術を使うことが好きであるという部分が動機の多くを占めているのでしょう。本人も制作動機として技術があると語っています(オリコン 新海誠監督「パソコンがなければ、映画は作っていない」より)。
新海作品でよく評価されるのが映像の美しさです。これは理屈で考えても制作出来ますが、普通は途中で折れてしまいます。あれだけのレベルにするには相当大変な作業をしなければいけなかったはずですが、これができたというのは技術の限界に挑戦したいという好きゆえに発生する感情がその原動力だったはずだと考えています。
(もちろん「雲のむこう~」以降はスタジオ制作なので、新海さん単独で作業しているわけではありませんが)
まとめると、新海さんが作品をつくる上で原動力となっているのは、「日々の生活の美しさを描きたい」・「自分の持つ技術力を最大限使ってみたい」という「好き!」という感情なのだろうと思います。
ーーーーーーーーーー
<Good・得意>
新海さんが他の方よりも強く持っている得意や強みを考えていきます。
前述の通り、最大の得意分野はその技術力だと思います。それはゲーム制作会社での経験が非常に活きているのだと思いますが、それを自分の作品に最大限生かそうとする感情がすごいと思います。同じ技術力(知識やスキル)を持っている人というのは一定数いるのだと思いますが、それに加えて知識やスキルを「どう使うか」は個々人のセンス(才能)の問題となってきます。技術力というのは「知識+使い方」のことを指すのだと思っているので、そういう意味で新海さんは技術を用いる才能が極めて高いのだと考えられます。
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<Packaging・パッケージング>
新海さんに関してパッケージングというか宣伝でキーだなと私が感じるのは、初期に関しては自分の制作過程や映像作品を積極的に公開していたという点です。
それが一般的には稚拙だと言われるものでも、見せれば何らかの反応がありますから(反応が無いのも反応の一つの種類です)、それをフィードバックして新たなものにしていくと。また、「ほしのこえ」やもう一作前の「彼女と彼女の猫」を発表した当時はまだインターネットが今のように普及しきっていない時期でしたから、出せば目立つことが出来たというのも一つのポイントですね。ましてやたくさんの人が集まって行うのが普通だったアニメーションを一人で、しかもフルデジタル制作していたので余計に注目する人が増えたのですね。
新海さんは意識はしていなかったと思いますが、(当時)新海さんしかやっていなかったこと、やれなかったこと、やろうとしていなかったことをインターネットというメディアを用いて実は広く宣伝することが出来ていて、しかも技術的な面とその内容から「見たい」と感じさせる価値のポイントをかなり突いていたと言えると思います。
このような反応があったからこそ、「ほしのこえ」以降はコミックス・ウェーブ・フィルム(CWF)が制作に協力してくれるようになったのでしょう(新海さんの映画の企画や宣伝、マネジメントは基本的にCWFが行っています)。
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<まとめ>
ということで、まとめると以下の図のような感じになります。
今回はそんな新海さんがなぜ成功できたのか? を私が考えるスモールビジネスの方程式(LGP理論)で考えてみたいと思います。(方程式についての詳細は「スモールビジネス成功の方程式」(「好きなことで生きていくために必要なたった3つのこと」をご覧ください)
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<Like・好き>
直接新海さんにお話を聞くなんてことは当然無理なので、私が見てきた範囲でのインタビュー記事などから新海さんが何を好きで、何を望んできたのかを見てみましょう。
社会人以前のお話としては、お母さんが油絵を描く方だったそうで、その影響からか新海さんも自分は絵を描くのが好きだという認識を持っていたそうです。そのため絵を描いたり、物語をつくったりという自分の中にあるものを表現する方法を探るような学生時代を送っていたそうです(ちなみに私と新海さんは出身大学が同じなので勝手にテンションが上がっていました)。
とはいえ、直接それを仕事にしようとはっきり思っていたわけではなく、ゲーム会社に就職します。その後、ゲームのOP映像を担当することが増えて、映像制作の面白さを感じ始めます。そういう中でこれだけではいまいち物足りないと思いだし、そこから自主制作を始めます。
当時の気持ちからすると、「朝早くに起き、満員電車に揺られて出社し、仕事をこなし、夜遅くに帰って来て途中で買ったコンビニ弁当を夕食に食べて寝る」というある意味典型的な都市生活者の生活を肯定してほしいというものがあったそうです。しかし、それを満たしてくれるものがなかったので、自分でそれをつくろうと思い立ったのが制作のきっかけとなったというお話でした。
ファン目線が入ってしまって申し訳ないのですが、新海さんの作品は確かに「ミクロな人々の生活を描く」というものが根底に一貫してあると感じています。「毎日大変で、色々なことがある。でも、そんな一生懸命な生活は実は美しいものなんだよ」と伝えてくる、そんな映画や映像たちであると私は思います。
要するにここで言いたいのは、新海さんは「日々の生活の美しさを描く」ことが好きである、もしくはそれが欲求として存在しているのでしょうということです。
もう一つ新海さんに特徴的なのはその技術力ですね。それは技術を磨くこと、その技術を使うことが好きであるという部分が動機の多くを占めているのでしょう。本人も制作動機として技術があると語っています(オリコン 新海誠監督「パソコンがなければ、映画は作っていない」より)。
新海作品でよく評価されるのが映像の美しさです。これは理屈で考えても制作出来ますが、普通は途中で折れてしまいます。あれだけのレベルにするには相当大変な作業をしなければいけなかったはずですが、これができたというのは技術の限界に挑戦したいという好きゆえに発生する感情がその原動力だったはずだと考えています。
(もちろん「雲のむこう~」以降はスタジオ制作なので、新海さん単独で作業しているわけではありませんが)
まとめると、新海さんが作品をつくる上で原動力となっているのは、「日々の生活の美しさを描きたい」・「自分の持つ技術力を最大限使ってみたい」という「好き!」という感情なのだろうと思います。
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<Good・得意>
新海さんが他の方よりも強く持っている得意や強みを考えていきます。
前述の通り、最大の得意分野はその技術力だと思います。それはゲーム制作会社での経験が非常に活きているのだと思いますが、それを自分の作品に最大限生かそうとする感情がすごいと思います。同じ技術力(知識やスキル)を持っている人というのは一定数いるのだと思いますが、それに加えて知識やスキルを「どう使うか」は個々人のセンス(才能)の問題となってきます。技術力というのは「知識+使い方」のことを指すのだと思っているので、そういう意味で新海さんは技術を用いる才能が極めて高いのだと考えられます。
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<Packaging・パッケージング>
新海さんに関してパッケージングというか宣伝でキーだなと私が感じるのは、初期に関しては自分の制作過程や映像作品を積極的に公開していたという点です。
それが一般的には稚拙だと言われるものでも、見せれば何らかの反応がありますから(反応が無いのも反応の一つの種類です)、それをフィードバックして新たなものにしていくと。また、「ほしのこえ」やもう一作前の「彼女と彼女の猫」を発表した当時はまだインターネットが今のように普及しきっていない時期でしたから、出せば目立つことが出来たというのも一つのポイントですね。ましてやたくさんの人が集まって行うのが普通だったアニメーションを一人で、しかもフルデジタル制作していたので余計に注目する人が増えたのですね。
新海さんは意識はしていなかったと思いますが、(当時)新海さんしかやっていなかったこと、やれなかったこと、やろうとしていなかったことをインターネットというメディアを用いて実は広く宣伝することが出来ていて、しかも技術的な面とその内容から「見たい」と感じさせる価値のポイントをかなり突いていたと言えると思います。
このような反応があったからこそ、「ほしのこえ」以降はコミックス・ウェーブ・フィルム(CWF)が制作に協力してくれるようになったのでしょう(新海さんの映画の企画や宣伝、マネジメントは基本的にCWFが行っています)。
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<まとめ>
ということで、まとめると以下の図のような感じになります。
自分の好きなことや欲求を、自分の強みを活かして表現し、それを設計してパッケージングすることによって注目を集めることができた新海さんのケースというのは、多くの人にとって勇気が湧く事例ではないかと思います。
インタビューを聴いていると新海さん自身はパッケージングをそこまで計算しておつくりになったのではないと思います。しかし、幸運というのは一生懸命やっている人のところに転がりくんでくるものですし、実は一種法則めいたものがあるのです。後塵を拝する私たちは幸運と呼ばれるものを「偶然」ではなく、「必然」とすべく学習しないといけないのだろうなと思うわけであります。
では、今回はここまでです!
インタビューを聴いていると新海さん自身はパッケージングをそこまで計算しておつくりになったのではないと思います。しかし、幸運というのは一生懸命やっている人のところに転がりくんでくるものですし、実は一種法則めいたものがあるのです。後塵を拝する私たちは幸運と呼ばれるものを「偶然」ではなく、「必然」とすべく学習しないといけないのだろうなと思うわけであります。
では、今回はここまでです!