セルフパブリッシングは商業出版の代わりにはならない
1.はじめに
出版社を通さずに自分の名義のみで出版を行うことを特に電子書籍の世界ではセルフパブリッシングと呼びます。訳語としては「自己出版」「個人出版」などがありますが統一的なものはありません。また、そのようなことを行う作家さんのことを「インディーズ作家」や「KDP(※)作家」(セルフパブリッシング最大手がKDPなため)と言ったりします。
このセルフパブリッシングは出版業界に新たな風を吹き込むことは間違いないですし、可能性はたくさんある分野だと私は考えています。
一方で、このセルフパブリッシングは商業出版の代わりにはならないとも思います。以前はもう少し違う考え方をしていたのですが、最近は別のものとしてとらえたほうがいいのではないかと思っています。
今回はセルフパブリッシングやもう少し広くネット世界を用いたクリエイター活動を、メジャーに対抗するサブカルチャーとしてとらえてみてはどうでしょうか、というお話です。
(※KDP…Kindle Direct Publishingの略。アマゾンキンドルに自分の電子書籍を出品できる)
出版社を通さずに自分の名義のみで出版を行うことを特に電子書籍の世界ではセルフパブリッシングと呼びます。訳語としては「自己出版」「個人出版」などがありますが統一的なものはありません。また、そのようなことを行う作家さんのことを「インディーズ作家」や「KDP(※)作家」(セルフパブリッシング最大手がKDPなため)と言ったりします。
このセルフパブリッシングは出版業界に新たな風を吹き込むことは間違いないですし、可能性はたくさんある分野だと私は考えています。
一方で、このセルフパブリッシングは商業出版の代わりにはならないとも思います。以前はもう少し違う考え方をしていたのですが、最近は別のものとしてとらえたほうがいいのではないかと思っています。
今回はセルフパブリッシングやもう少し広くネット世界を用いたクリエイター活動を、メジャーに対抗するサブカルチャーとしてとらえてみてはどうでしょうか、というお話です。
(※KDP…Kindle Direct Publishingの略。アマゾンキンドルに自分の電子書籍を出品できる)
2.クリエイティブ系統の作品群は2種類
クリエイターがつくる作品は大きく二種類に分けられます。一つは「娯楽系」。もう一つは「実用系」です。ビジネスの世界では「ウォント」と「ニーズ」なんて言いますね。
娯楽系は「あればあったでいいもの」です。これに対して実用系は「無くてはいけないもの」になります。現在セルフパブリッシングで出版されるものは娯楽系が多いと思われます。私の知っている方々では小説が圧倒的に多いです。ここで出てきた小説というのはまさに娯楽系統で生活に必要なものではありません。
しかし、この娯楽系統は成功確率がかなり低いです。これはなぜでしょうか。
クリエイターがつくる作品は大きく二種類に分けられます。一つは「娯楽系」。もう一つは「実用系」です。ビジネスの世界では「ウォント」と「ニーズ」なんて言いますね。
娯楽系は「あればあったでいいもの」です。これに対して実用系は「無くてはいけないもの」になります。現在セルフパブリッシングで出版されるものは娯楽系が多いと思われます。私の知っている方々では小説が圧倒的に多いです。ここで出てきた小説というのはまさに娯楽系統で生活に必要なものではありません。
しかし、この娯楽系統は成功確率がかなり低いです。これはなぜでしょうか。
3.娯楽系統作品はなぜ成功が難しいのか
娯楽系統の作品で最も困るのはその読者層設定です。
娯楽というのはいつの世でも一定の需要があります。感情を躍らせる時間が無いと人間の生活の質は大きく下がってしまうでしょうから。これは一見いいことのようにも思えますが、需要が多い分「誰に向けたものなのか」が不明瞭になりがちです。対象者が多すぎてついターゲティングが漠然としてしまうのです。
しかし、よくよく考えてみると本当にターゲットになり得る人々などいるのだろうかと考えたくなります。
そもそも本を読む人は何をポイントにそれを読むと決めるのか。やや古めで、統計的な信用性はやや劣るものしか見つけられませんでしたが、そこからおおよそつかめる傾向としては以下のようなことが言えます。(統計的な意味では微妙ですが、私の印象では大きく外してはいないだろうという感じです)
①好きなジャンルの本を読む
②好きな作家の本を読む
ここから基本的には現状以下のような読者心理のパターンが考えられます。
☆「本屋」→「特定ジャンルの場所」→「そのジャンルを中心に読む」→「好きな作家を自覚」→「その作家を追いかける」
(電子書籍は補完として使用)
ということは、「面白いかどうかは分からないけれど、読んでやろう」と考える人、言わば「発掘人」は比較的少ないということです(当たり前かもしれませんが)。
同時に、面白い本を選んで読んでいるというわけでもないと思われます。面白いほうがいいに決まっていますが、それは副次的な要因に過ぎません。もし、これが重要なら調査などで「周囲の推薦」や「ポップ」で決めるという人が多くないといけません。
これを見ると商業出版のターゲット層はそもそもかなり漠然としていると言えそうです。
①なら「このジャンルが好きな人」
②なら「私/彼/彼女(作家)が好きな人」
無名の人の場合は②がないので、①頼みになりますが、これは事実上数勝負になるので個人が対抗していくのはかなり難しい方法になります。ライトノベルでとあるジャンルの作品群は同じような内容ばかりだと批判されることがありますが、出版社は数が出せるので同じような内容であっても今買ってもらいやすいものを大量に出して利益を確保するという考えになっているものと思われます。
また、セルフパブリッシングやネット系のクリエイティブな活動は、商業では日が当たらない部分に日の目を見せることができるものだと思いますが、セルフパブリッシング需要が増えているとは言えない現在の状況や「つまらないから読まない」という声は少ないことを鑑みると、娯楽系を求める読者は商業出版で十分満たされていると考えた方がいいでしょう。
まとめると、
・当たり外れの読めない娯楽系セルフパブリッシングの本にチャレンジする人は少ない
・多くの読者は商業出版でその需要を満たしている
ゆえに、娯楽系作品は苦戦する可能性が高いと言えるのです。
娯楽系統の作品で最も困るのはその読者層設定です。
娯楽というのはいつの世でも一定の需要があります。感情を躍らせる時間が無いと人間の生活の質は大きく下がってしまうでしょうから。これは一見いいことのようにも思えますが、需要が多い分「誰に向けたものなのか」が不明瞭になりがちです。対象者が多すぎてついターゲティングが漠然としてしまうのです。
しかし、よくよく考えてみると本当にターゲットになり得る人々などいるのだろうかと考えたくなります。
そもそも本を読む人は何をポイントにそれを読むと決めるのか。やや古めで、統計的な信用性はやや劣るものしか見つけられませんでしたが、そこからおおよそつかめる傾向としては以下のようなことが言えます。(統計的な意味では微妙ですが、私の印象では大きく外してはいないだろうという感じです)
①好きなジャンルの本を読む
②好きな作家の本を読む
ここから基本的には現状以下のような読者心理のパターンが考えられます。
☆「本屋」→「特定ジャンルの場所」→「そのジャンルを中心に読む」→「好きな作家を自覚」→「その作家を追いかける」
(電子書籍は補完として使用)
ということは、「面白いかどうかは分からないけれど、読んでやろう」と考える人、言わば「発掘人」は比較的少ないということです(当たり前かもしれませんが)。
同時に、面白い本を選んで読んでいるというわけでもないと思われます。面白いほうがいいに決まっていますが、それは副次的な要因に過ぎません。もし、これが重要なら調査などで「周囲の推薦」や「ポップ」で決めるという人が多くないといけません。
これを見ると商業出版のターゲット層はそもそもかなり漠然としていると言えそうです。
①なら「このジャンルが好きな人」
②なら「私/彼/彼女(作家)が好きな人」
無名の人の場合は②がないので、①頼みになりますが、これは事実上数勝負になるので個人が対抗していくのはかなり難しい方法になります。ライトノベルでとあるジャンルの作品群は同じような内容ばかりだと批判されることがありますが、出版社は数が出せるので同じような内容であっても今買ってもらいやすいものを大量に出して利益を確保するという考えになっているものと思われます。
また、セルフパブリッシングやネット系のクリエイティブな活動は、商業では日が当たらない部分に日の目を見せることができるものだと思いますが、セルフパブリッシング需要が増えているとは言えない現在の状況や「つまらないから読まない」という声は少ないことを鑑みると、娯楽系を求める読者は商業出版で十分満たされていると考えた方がいいでしょう。
まとめると、
・当たり外れの読めない娯楽系セルフパブリッシングの本にチャレンジする人は少ない
・多くの読者は商業出版でその需要を満たしている
ゆえに、娯楽系作品は苦戦する可能性が高いと言えるのです。
4.商業出版と戦わないという選択
このように娯楽系で商業出版と同じ土俵にたっても成功は難しいと思われます。同じ土俵にいてもプロの2軍のような目で見られてしまうのではないかという気もします(実際はそんなことありませんが)。では、どうするべきなのか。一つの考え方はやはりサブカルチャー的な思考です。
サブカルチャーというと今ではアニメやマンガのことを指す傾向にありますが、本来は「対抗文化」の側面を持ちます。主流の文化に反する文化ということです。商業出版と同じ土俵で戦えないのであれば、セルフパブリッシングは商業出版に対抗する勢力としてとらえるべきではないでしょうか。
具体的には実用系で勝負するという方向性をとるべきです。ここでいう実用的というのはハウツー系などにとどまらず受け手が「これは私に絶対に必要だ」と感じるもののことを指します。
小説でも実用的な意味合いを重視して作品の特徴を訴えることで、その作品がより刺さる人をこちらから選別することは可能だと思います。例えば、「自分」に向けて書いた作品なのであれば、「自分」の特徴を可視化して同じ属性の人に読んでもらえるよう仕向けるということが考えられます。
言い換えると「多数が読んで評価するもの」ではなく、「分かる人が読むと極めて高く評価されるもの」を発信していくべきだということです。分かる人にしか分からないというものは、出版社からするとなかなか手が出しにくいものなので競合のリスクは減ります。これを軸にすればセルフパブリッシングを商業出版に対抗するものにできるのではないでしょうか。
このように娯楽系で商業出版と同じ土俵にたっても成功は難しいと思われます。同じ土俵にいてもプロの2軍のような目で見られてしまうのではないかという気もします(実際はそんなことありませんが)。では、どうするべきなのか。一つの考え方はやはりサブカルチャー的な思考です。
サブカルチャーというと今ではアニメやマンガのことを指す傾向にありますが、本来は「対抗文化」の側面を持ちます。主流の文化に反する文化ということです。商業出版と同じ土俵で戦えないのであれば、セルフパブリッシングは商業出版に対抗する勢力としてとらえるべきではないでしょうか。
具体的には実用系で勝負するという方向性をとるべきです。ここでいう実用的というのはハウツー系などにとどまらず受け手が「これは私に絶対に必要だ」と感じるもののことを指します。
小説でも実用的な意味合いを重視して作品の特徴を訴えることで、その作品がより刺さる人をこちらから選別することは可能だと思います。例えば、「自分」に向けて書いた作品なのであれば、「自分」の特徴を可視化して同じ属性の人に読んでもらえるよう仕向けるということが考えられます。
言い換えると「多数が読んで評価するもの」ではなく、「分かる人が読むと極めて高く評価されるもの」を発信していくべきだということです。分かる人にしか分からないというものは、出版社からするとなかなか手が出しにくいものなので競合のリスクは減ります。これを軸にすればセルフパブリッシングを商業出版に対抗するものにできるのではないでしょうか。
5.内容では同じレベルでも……
しかし、このように書くと、セルフパブリッシングにだってプロと同じかそれ以上の作品があるぞと言われそうです。それは確かにその通りで、面白い作品もたくさんあります。
ですが、内容で勝っていても、それを広報するリソースが企業と比べて圧倒的に少ないために結果的に成功とはいえないということになってしまう可能性が高いと思います。
「内容」という土俵ではなく、「心への刺さり度」という別の概念で良し悪しを判断していくといいのではないかということです。
しかし、このように書くと、セルフパブリッシングにだってプロと同じかそれ以上の作品があるぞと言われそうです。それは確かにその通りで、面白い作品もたくさんあります。
ですが、内容で勝っていても、それを広報するリソースが企業と比べて圧倒的に少ないために結果的に成功とはいえないということになってしまう可能性が高いと思います。
「内容」という土俵ではなく、「心への刺さり度」という別の概念で良し悪しを判断していくといいのではないかということです。
6.おわりに
というわけで、セルフパブリッシングについて語ってきましたが、ざっくりまとめてみましょう。
①セルフパブリッシングは商業出版に勝つことが難しい
→なぜなら、多くの読者は商業出版で満足しているから
②なので、商業出版とは競合しない分野で活動したほうがいい
→具体的には実用性を重視し、「心に刺さるもの」「必要とされるもの」を発信していく
こんな感じですね。記事的な結論としては、「だから、セルフパブリッシングは商業出版の代わりにはならない」ということです。
もちろん、セルフパブリッシングには様々な使い方があります。ブランディングに使うこともあるでしょうし、せっかく書いたし出してみようかなという使い方もあります。今回の内容はセルフパブリッシングをメインに活動しようと考えている人向けのものなので、それ以外の人にはあまり使えないものでしょう。
いずれにせよ、セルフパブリッシングには大きな可能性があるという考え方に変更はありません。ただそれを商業出版の延長で考えてしまうとあまり上手くはいかないんじゃないかなと思いますよ~ということです。
長くなりましたが、こんなところで今回はおしまいです。
というわけで、セルフパブリッシングについて語ってきましたが、ざっくりまとめてみましょう。
①セルフパブリッシングは商業出版に勝つことが難しい
→なぜなら、多くの読者は商業出版で満足しているから
②なので、商業出版とは競合しない分野で活動したほうがいい
→具体的には実用性を重視し、「心に刺さるもの」「必要とされるもの」を発信していく
こんな感じですね。記事的な結論としては、「だから、セルフパブリッシングは商業出版の代わりにはならない」ということです。
もちろん、セルフパブリッシングには様々な使い方があります。ブランディングに使うこともあるでしょうし、せっかく書いたし出してみようかなという使い方もあります。今回の内容はセルフパブリッシングをメインに活動しようと考えている人向けのものなので、それ以外の人にはあまり使えないものでしょう。
いずれにせよ、セルフパブリッシングには大きな可能性があるという考え方に変更はありません。ただそれを商業出版の延長で考えてしまうとあまり上手くはいかないんじゃないかなと思いますよ~ということです。
長くなりましたが、こんなところで今回はおしまいです。